学業・学術研究

卒業論文に関して

Photo by Jesus Hilario H. on Unsplash

久々のブログ更新でこんにちは、まそん(máscara-sonrisaです。

(まあ、Twitterでは相変わらず「メキシコ恋しい」とか「アイドルマスターSideM315。。。」みたいな感じで、ずーっと色々とつぶやいていましたが。)

昨年2018年の10月ごろからじりじりと執筆(準備)をしていた卒業論文が、今年1月末ごろにようやく完成&提出できましたので、これからまたブログ更新のために考えをめぐらせたり時間を割くことができます。(なんてったって、ブログで書きたい記事の草稿が溜まりにたまって、「早く書きたい。」と思う気持ちだけ卒論書いてる時からうずうずしてました。メキシコ留学中の出来事についての記事とか特に。)

2月初めには卒論成果発表会も終えて、3月下旬には卒業式も無事終えることができました。

さて、今回はそんな、私まそん(máscara-sonrisaが書いた卒業論文について、その内容と実際どのような過程を経て卒論を完成させたのかについて、卒論を書いた感想や卒論提出後に起きた小事件にも最後の方で触れつつ、紹介していきます。少し備忘録のような感じでもあります。

*注:文中では「卒業研究」と「卒業論文(卒論)」という語両方をしばしば用いていますが、前者は卒論を書くにあたり(卒論を書くために)行なった研究のことで、後者はこの卒業研究を論文にして説明したもの、という意味になります。

卒論の内容

単刀直入に言うと、卒論のテーマは「日本国内で開催されている複数のアートプロジェクトにてボランティア活動への参加を行なっている人々の、参加動機及び継続的な活動参加の背景について」です。順に説明します。

研究の背景(個人的な話含む)

アレクサンドル・ポノマリョフ「水の下の空」(瀬戸内国際芸術祭2016の開催地域の一つであった本島にて。)

昨今、日本国内の様々な場所で「アートプロジェクト」が開催されるようになっています。「~芸術祭」、「~トリエンナーレ/ビエンナーレ」といったものがこれに当たる場合が多く、具体的な例だと、あいちトリエンナーレ(愛知県名古屋市、豊田市ほか)や瀬戸内国際芸術祭(香川県・高松港周辺、岡山県・宇野港周辺、瀬戸内海にある12の島々)、大地の芸術祭(新潟県十日町市、津南町)横浜トリエンナーレ(神奈川県横浜市)などがあります。

「そもそもアートプロジェクトって何?」と思う方も多いかと思いますが、(特に日本国内で行われている)アートプロジェクトの定義や特徴としては以下のようなものが挙げられます1

  • 現代美術を中心に、日本各地で展開されている「共創的芸術活動」(熊倉他 2014: 9)である。
  • 美術館などの展示のための空間(ホワイトキューブ)での展示に限らず、野外や普段は美術作品が設置されないような場所にて、多様な方法を用いた作品の展示や活動の展開が行なわれる。そのため、アートプロジェクトが展開されるその場所、その地域やその時の社会的文脈と強く結びついた活動が行なわれたりする。
  • 積極的に制作の過程が開示され(例えば、一般の人や地元の人も巻き込んだ作品制作ワークショップが行われたり、公開でアーティストによる作品制作が行われたりする等)、普段交わることのないような様々な属性や立場の人々による協働、交流が期待される。
  • アーティスト、作家のみならず、色々な人が(共同で)運営に関わったり、運営の担い手になったりする。(例:自治体、企業、大学、市民グループ、(市民)ボランティア等。)
  • 近年では、アートプロジェクト開催による、地域振興、まちづくり、経済波及効果のような、芸術以外の社会分野への影響が期待される。
  • 継続的な活動やイベントの実施(定期的な開催)を目指すものも多い。(例:3年に1度開催される「トリエンナーレ」、2年に1度開催される「ビエンナーレ」、通年活動の実施等)
  • 全国各地でアートプロジェクトが行なわれるようになった昨今は、地方で行われるものを「地域型アートプロジェクト」、都市部で行われるものを「都市型アートプロジェクト」と呼ぶ動きもある。

1熊倉他(2014)、熊倉他(2015)、田中(2019)を参照の上で書きました。

何となく、「アートプロジェクト」に関するイメージが掴めたでしょうか。

もう少しちゃんと知りたいわー、と思う方は上記に挙げた参照文献(書籍やWebページ。本記事の最後に参照文献一覧を書いてます。)も見てもらえたら幸いです。

さて、上記に挙げたアートプロジェクトの特徴のうち赤いマーカーを引いた項目に注目して欲しいのですが、
日本国内のさまざまなアートプロジェクトを見渡してみると、アーティスト(作家)だけではなく色々な人が運営に関わったりしていて、ボランティアもそのアートプロジェクトの運営に関わる人々の一つの例だったりします。実際、昨今開催されている多くのアートプロジェクトでボランティアの募集が行われていたりしますし。

この、アートプロジェクト実施に際して活躍するボランティアの人々を調査対象にしたのが、今回私が卒論を書くにあたって行なった研究、調査(卒業研究)になります。

より具体的に言うと、こういったボランティア(今回調査対象とした人々が活動に参加しているアートプロジェクトでは、ボランティアのことを「ボランティアサポーター」と呼んでいます。)の人々の、継続的に&いろいろなアートプロジェクトへ活動の参加に行く理由や参加動機、参加の背景にはどのようなものがあるのかについて明らかにするのが、この卒業研究の目的でした。

(卒論の中では、この「複数のアートプロジェクトのボランティア活動へ継続的に参加に行く人々」を、RVSH(Repeating Volunteer Supporter Hoppers)という名称で表しました。本記事の中でも以降「RVSH」という語を使っています。)

後でも触れますが、この卒業研究では大地の芸術祭と瀬戸内国際芸術祭(以下、瀬戸芸)のボランティア活動に参加したことがある方々を調査対象にしたのですが、実は私も何回かこれらの芸術祭のボランティア活動に参加しに行ったことがありまして。特に2015年の大地の芸術祭と2016年の瀬戸芸には長期的に(もしくはたくさんの回数かけて)ボランティア活動の参加に行ってました。

瀬戸内国際芸術祭2016会期中の、ボランティアサポーター&事務局による朝礼が始まる前の様子 @高松港

そこで興味深いと感じたのが、様々な地域(国内・海外どちらも)から、様々な属性の方(性別、出身地、職業、ボランティア活動参加に至った背景、etc.)が活動参加に訪れていたということ。しかも、2016年の瀬戸芸の時に至っては、2015年の大地の芸術祭で目にした方もちらほら見かけたりして、「あれ、もしかして昨年の大地の芸術祭いました?」「ああ、行った行ったー。」というやりとりを複数の方としたんですよね。

それで言わずもがな、「なんで、こんなにも色々な背景を持った人たちが、色々な地域から芸術祭のボランティアしに集まっているんだろう。しかも、遠くからわざわざ来ている人もいるし、色々な芸術祭のボランティア活動に参加している人もまあまあいるし。。。」と疑問を持つようになり、この疑問がそのまま卒業研究での「問い」の部分になったわけです。

ジミー・リャオ「Kiss & Goodbye(土市駅)」(2018年の大地の芸術祭の時に筆者撮影。)

ここまで話すと、「あれ、まそん(máscara-sonrisa)ってメキシコ留学行って、メキシコ大好きになった人よね?卒論もメキシコについて書いたんじゃないん?」と思う方もいることでしょう。率直に言うと、留学中&留学後の日々や経験を通して、メキシコに関連するテーマで卒論を書きたいとはあんまり思わなかったです。メキシコに関することだと、結構多岐のジャンルに渡って興味を抱いていたので、卒論を書くために一つのテーマに絞るということが難しかったというか、あんまりテーマを絞らずにまだまだ情報収集していきたいなぁ、と思っていたんですよね。それは今も変わらず。

そのため、メキシコで得た情報、知識、経験や、メキシコ留学を経て芽生えた様々な興味関心とそれらによる情報収集(探究)の結果は、このブログやメヒナビ等での「ブログ記事」という方法(メディア、媒体)を通して綴っていったりおすそ分けしていったりしたいなぁ、と思っていましたし、もちろん今もそう思っています。

また、現時点のプロフィールページ上の「経歴」の部分でも言及しているのですが、芸術祭でのボランティア活動を通して得た経験やいろいろな人との交流っていうのは、自分にとって結構貴重な経験で、それによって物事や人生に対する考えだったり、「(色々な)人と交流すること」に対する意識だったりに大きな影響を与えてくれたんですよね。(詳しくは、下記noteの記事を参照。)それで、「ぜひ学部生活を締めくくる卒業論文は、自分に大きな影響を与えてくれた芸術祭に関することで書きたい。」と瀬戸芸2016が終わった後くらいからずーっと思っていたので、そうしました。(無事、芸術祭に関連することが書けてよかった。)

ちなみに、卒業論文の執筆で大変お世話になった指導教員の先生が行なっている研究(専門としている分野)及び私が所属していたゼミは、現代美術やアートプロジェクトとはほとんど関係なかったです。(社会学や文化人類学あたりに関連する研究を行う指導教員、及びこれらの学問分野に関係することをやるゼミでした。)

 

章立て(構成)

章立ては以下のような感じ。

  • 1章 研究の背景と概要

この卒業研究を行う背景についてと、論文のおおまかな内容を紹介。

  • 2章 アートプロジェクトとボランティア

アートプロジェクトについて、その特徴や日本国内での状況、さらには調査対象とした大地の芸術祭や瀬戸内国際芸術祭の詳細とそこで活躍するボランティアサポーターについて説明&紹介を行う。

  • 第3章 インタビュー調査とRVSHの参加動機

行ったインタビュー調査の概要についての説明と、調査を通して明らかになったRVSHの参加動機や活動参加を後押しする要素について紹介。

  • 4章 考察及びまとめ

(本研究の内容と)関連する先行研究の中で明らかになっていることについて触れつつ、調査を通して明らかになったRVSHの参加動機や参加理由に関して考えられる要点の3つを紹介。

  • 参照文献
  • 巻末資料(1990年代~現在に至るまで日本国内で行われてきた主なアートプロジェクトを紹介した表。筆者作成。)
  • 謝辞

 

総文字数は24,569文字、総ページ数は(表紙から最後の謝辞まで全部ひっくるめて)36ページでした。

 

調査対象や調査方法

卒業研究を行う(卒論を書く)にあたって実施した調査について。

既に少し紹介していますが、対象としたのは以下の2つの条件に当てはまる8名の方。

  1. 「大地の芸術祭」、「瀬戸内国際芸術祭」の両方もしくは片方におけるボランティア活動への参加経験がある
  2. これらのアートプロジェクトでのボランティア活動参加以前または以後、継続的にアートプロジェクトのボランティア活動(前述の2つの芸術祭以外でも可)に参加している

 

行った調査は半構造化インタビュー(あらかじめ質問する内容を決めた上でインタビューを行うこと。インタビューの様子は録音する。)で、特に

  • 芸術祭を知ったきっかけ
  • 芸術祭のボランティア活動に参加し始めたきっかけ~現在の芸術祭ボランティア活動への参加状況
  • なぜ、色々な芸術祭ボランティア活動に(継続的に)参加したい、参加しに行きたいと思うか

この3点及びこれらに関連することについて質問しました。

ちなみに、インタビュー調査は対面もしくは(電話)通話で行い、インタビュー終了後は録音したインタビュー調査時の様子をWordに文字起こししました。(録音したデータの文字起こし、すごく時間がかかった。。。)

 

分かったこと&考察

インタビュー調査を通して、RVSHの参加動機や参加を後押しするさまざまな(共通の)要素があることがわかりました。ざっとまとめて全12要素ほど。

そして、先行研究の内容とインタビュー調査の結果を踏まえた上で、さまざまなアートプロジェクトのボランティア活動に継続的に参加しに行く人々の参加動機や参加の理由に関する要点として、以下の3つが考えられるとしました。

  1. AP*のボランティア活動への参加によって得られる「楽しさ」や「面白さ」が、参加を動機づける重要な要素であること
  2. APのボランティア活動への参加が、AP自体(芸術祭自体)をさらに楽しむことに繋がっていること
  3. ボランティア活動参加を通して行なわれる人的交流が、APのボランティア活動への参加を促す重要な要素になっていること

*AP=アートプロジェクト

 

執筆~提出、卒論成果発表会までの過程

参考までに、実際の卒論執筆の流れは以下のような感じでした。(あまり参考にしないほうが良い卒論執筆の進め方だと思います。特に、提出期限1ヶ月前を切った辺りのこととか。)

 

  • 20173~7月ごろ(学部4年前期あたり)

参考文献とか卒論で使いそうな資料を集め始めた頃。国内の芸術祭での自分のボランティア経験に関連したテーマで(「アートプロジェクトのボランティア」をテーマに)卒論を書くことは決めてましたが、そのボランティア活動参加者の「参加動機」、「参加理由」、「継続的参加の背景」に的を絞るのはもっと後でした。そのため、対象となるアートプロジェクト(大地の芸術祭と瀬戸内国際芸術祭)に関する書籍や、国内のアートプロジェクトに関する批評とか論文をいろいろと読みあさってた時期です。第2章で書いたアートプロジェクトについての説明は、この時期にはできるようになっていたのかな、と思います。

また、インタビュー調査も随時行っていました。最終的にインタビュー調査に協力してもらった8人のうち、5人にはメキシコ留学へ行く前にインタビューしていました。

 

  • 20178~20187月 メキシコ留学

留学中は、卒論のことは何もしなかったです。たまに「あー、卒論どうしよっかなぁー。」とか「(留学から)帰ったら卒論が待ってるんだよなぁー。」と思い出すけれど特に何もしないとか、指導教員にたまに連絡をしていたくらい。あ、でもメキシコ留学中の日記を読み返してみたら、留学中の201711月あたりでテーマの方向性を決める(「アートプロジェクトのボランティアの参加動機や参加理由」に焦点を当てて研究すると決める)ことはしてました。(日記にそう書いてあった。)

 

  • 201810月~11月 卒論執筆に本腰を入れ始める

メキシコ留学から帰ってきて、学部4年の夏休みを経た後ですね。卒論ゼミに出たり、新たに3人の調査対象者にインタビューを行ったり、指導教員に進捗状況を報告してアドバイスをもらったり。

あと、録音したインタビュー調査時の音声を文字起こしする作業を必死になってやってました。この時期の卒論に関する作業時間の78割くらいは文字起こしに充てていたのではないだろうか。

 

  • 2018125日(水) 卒論中間発表会

この時点での進捗状況を、他ゼミの人々も含めて報告しあう会でした。この時点では、録音したインタビューデータの文字起こしを全て終え、あとは先行研究をもう少し詳しく読む作業(本当はインタビュー調査をする前に終わらせるべきだったけれども、留学を挟んだこととか、時間や日程の都合上、このタイミングでもまだ先行研究についてチェックする作業をやらねばいけませんでした。)と、インタビューからわかった参加動機や活動への継続的参加につながる要素を分類&考察する作業が残っている感じでした。

12月初めに中間発表会があって、「よーし、これから気合入れて残っている作業頑張るぞー。」と発表会後思っていたのですが、実はこの中間発表会が終わってから1月になるまで、卒論のことは殆どやりませんでした。。。なぜなら、12月中旬にメキシコ民族舞踊披露の機会(@神奈川)*があったから。卒論の中間発表会終了後、民族舞踊披露の日に向けて全力でリハーサル&準備をし、演技披露の後は1週間くらい東京に滞在していたんですが、もうやりきった感で何も手をつけられず&東京では色々な予定があったため何も卒論のことには手をつけられず(言い訳)、その後長崎に帰って来て、気づいたら年末を迎えてました。

*(詳しくは、同ブログ「活動の記録」ページ内の「メキシコ民族舞踊」の項目、もしくは下記のリンクやツイートをご覧ください。)

 

  • 20181月 卒論提出期限まで1ヶ月を切る

主に以下の3つのことをやってました。

1つ目、卒論の考察&まとめの部分で書く内容を、指導教員に相談しながら決める。最後の最後まで、卒論のまとめ部分に関してはなかなか良い形にならず、とても悩んだ上に指導教員に助けを求めてました。

2つ目、先行研究の内容を読む作業。「アートプロジェクトのボランティアの参加動機、活動参加理由」に関する研究ってまだ全然行われていなかったので(1つしか論文を見つけられなかった。)、先行研究としては他に(ボランティアの分野を問わない)ボランティアの参加動機や活動参加理由に関する論文を読んでいました。先行研究の内容をどの程度/どの角度から自分の卒論の内容に絡めていくかについては、頭抱えて悩んだりしていましたね。

3つ目、文章化。卒論で扱う内容を文章にしていく前は、章立てやどの章にどんな内容を書くかのメモ書きをラフに書いてまとめていた感じなので、それをちゃんとした文章に直していく作業をひたすらやっていました。以外に進まなくて&ちゃんとした文章にしてみたら思っていたより量にならなくて結構焦りましたが(詳しくは後述)。

 

  • 2018128日(月) 卒業論文提出(提出締切日当日)
  • 2018215日(金) 卒論成果発表会

大事な大事な結論部分の説明で時間切れになり、駆け足の説明で終わってしまったのが唯一の悔い。まあ、とりあえずは発表できて良かった。あと卒論発表会では、他の学生の発表&質疑応答を聞くのがとても興味深かったです。皆テーマがバラバラで、でもそれぞれの研究がある一定のレベルで行われた上での卒論発表だったので、どの発表も質疑応答含めて聞いてて楽しかったです。

 

卒論執筆を行なった感想

卒論を書く作業を通して、色々感じたこと、考えたことなどを最後に挙げていきたいと思います。

まず、留学から帰って来て半年でどうにか卒論を書き終えることができ、心底ホッとしているのですが、これができたのは、(といっても、メキシコ留学に行く半年前からメキシコに行く直前くらいまで、ぼちぼち資料集めや先行研究についての情報収集、インタビュー調査の実施は行っていましたが、)

  1. 留学から帰ってきた後の卒論執筆に集中しだす時点で、調査したいテーマがだいぶハッキリしていた
  2. 研究している人がまだまだ少ないテーマであった
  3. 自分自身が、調査対象とした人たちと同じ立場(=芸術祭ボランティア)だった経験があった

この3点が大きいのかなと、今振り返ると思います。あとは、指導教員の適切でわかりやすい助言&指導のおかげ。。。

提出期限の1週間前は、先の見えない辛さと執筆の進まなさへの絶望感が半端なかったです。もう、文章執筆の進むスピードが牛歩で。「迫り来る締め切り、でも全然文章にならない(文章の量が全然増えない)。作業時間や労力(特に頭を使う方)の割に出来上がる文章の量が本当に少ない、あまり一気に文章量が増えてくれない。」という感じだったので、すごく辛かったです。まあ、本当に少しずつ文章が増えていって、しばらくしたらそれが「ああ、少しずつだけど、やってきた執筆作業が着実にある程度の量の文章になっていってる。。。涙」みたいな感じで希望になっていったけれども。でも、論文を書くってこういうこと(進歩がすぐには見えない作業の積み重ね)なんですかね。

(あ、ちなみに、卒論提出の数日後に感想をばーっと呟いたものは下記ツイートから辿れます。参考までに。)

卒論執筆とブログ記事の執筆経験の関係性についても、今振り返ってみると興味深いかもしれないですね。

ここまでで既に少し触れた内容でもあるのですが、私は卒論執筆作業に本腰を入れる時までにブログ記事をいくつか書いた経験が既にあって。卒論の下書き(?)というか下地も箇条書きのメモ(=ブログ書くときと同じ感じ。ブログ記事を書く際も、箇条書きのメモを文章にしていく感じなので。)から始まって、しかも結構詳細にそのメモを作り上げていたように感じていたので、「あ~、これくらいの箇条書きメモができているんだったら、あとは文章にしていくだけ。割と余裕じゃん?」みたいに抜かしていたところ、最後の方で構成(特に先行研究の内容を踏まえた上での構成)に少し疑問を抱いたり、上手くまとまらなかったりして、あと考察(調査と先行研究の内容を踏まえた結果、何がこの卒業研究から明らかになったのかについて)の部分が全然まとまらなかったので、結構焦りました。

ブログ記事って別に結論とか考察とかなくても良いですもんね。(私の大体のブログ記事の最後は、「以上、~についてでした。~(コメント12文)。(終)」で締めてます。)

(ここまで述べた通り、卒論の考察とまとめ部分で悩みに悩んでいたのですが、指導教員の先生に相談したところ、とーーっても分かりやすく、しっくりくる考察の方向性(のヒント)を賜り、なんとか乗り越えられました。本当に指導教員には感謝しきれないくらいお世話になりました。卒論の方向性について悩んでいたり、卒論を書く作業で何か分からない点、うまく進まない点を話せば、ちゃんと的確なアドバイスをくださる先生でした。。。)

あ、あと、ブログでの文章執筆に書き慣れているせいで、「章や項、段落を変えることで文章を区切るだけではなくて、余白で文章を区切りたいいいい。」と幾度となく思いました(笑)。

ほかに卒論を書いている間のことに関して少し面白かったのが、つくづく自分の中には「踊りたい欲」が備わってるんだな、と実感したこと。卒論提出期限の12週間前は本当に書くことと資料(文献)を読むことに必死になっていて、部屋の中で踊る(軽く気晴らしに踊る)余裕さえなくなっていたんですが、そんな最中机のPCに向かっていたある時、身体がムズムズして「ぅあああお、踊りたい…」と思う禁断症状(?)が出ていました。(卒論提出から4日経った後、友達とカラオケに行った時に沢山たくさん踊りました。小事件(後述)があった数日後であるにもかかわらず。)

以上、私まそん (máscara-sonrisa)が書いた卒論について、その内容に関する軽い説明と、卒論執筆中に関するエピソード&感想を紹介しました。だいぶまた長く書いてしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。

 

おまけ – 卒論提出後の小事件

小ネタです。卒業論文提出の次の日に起きた、完全に卒論を計画的に書けなかった自分のせいで起こった小事件。何が起こったか簡潔に言うと、卒論を提出した次の日に、風呂場で貧血を起こして倒れました。

何でこんなことになったかと言うと、まず、卒論提出期限日の一週間前から卒論を提出した日まで、本当に不規則な生活を送っていまして。一日置きに徹夜したり、11食しか摂らず(食事の度に卒論執筆作業を中断するのがとても面倒であり、また一回まとまった食事をとると集中力が途切れてしまうから。)、お腹が空いたらカップスープを食べるかお菓子をつまむ、といった食生活を送ってたりしてました。

それで、(ここからは事件発生の前後と事件の詳細を無駄に細かく時系列で説明します。)卒論を提出したのは提出期限日の15時くらい。大学キャンパスにある学部の事務室へ卒論を提出しに行き、その後眠さを抱えたまま帰宅。その日の夜はご飯を食べながら、以前よりずっと「卒論書き終わったら見たい!」と思っていたライブの映像を見て、深夜3時ごろ就寝。12時間の睡眠を経て起床し、「あー、久々に美味しいもの食べに行きたいな。丸亀製麺の牛すき釜玉うどんにとろろをトッピングしたやつ食べに行きたいな♪」と思ってそのまま入浴したのがまずかった。

疲れたからと言って湯船に結構ゆったり浸かったりして、風呂場を後にする時には嫌な頭痛(のぼせた時に出る頭痛)がしてました。その場でしゃがんだりして、大丈夫かなと思って衣類を手に取ったりしていたら目の前が見えなくなり(視界が真っ暗になり)、気づいたら脱衣所でうつ伏せの状態で倒れてました。その時に左顔面を強打。

意識が戻った後、とりあえずお風呂場に戻って座り、シャワーから直でお湯を飲んだりして、落ち着こうとしました。で、「まあ大丈夫だろう」と思って立ち上がって、その後、自分が風呂場で尻もちをついて息切れしているのに気づくまでの間の記憶がないです。(多分後ろ向けに転倒。その際むち打ちのようになって(多分)、首の後ろの右側と後頭部を強打。)少しの間尻もちを着いたままでいて、徐々に気持ち悪さと吐き気を感じるようになり、浴槽を支えにして急いで立ち上がろうとするも、手が痺れて力が入らず、なかなか立ち上がれなかった。あとこの時、手の指と指がくっついて離れず(組み合わせはうろ覚えだけど、親指と人差し指、中指と薬指がくっつき合って動かなかった気がする。)、片方の手で必死にそれらの指を引き離そうとしていたことは覚えています。

その後急いで着替えて、部屋で髪の毛乾かして、とにかく一回寝ようとしました。(その前に、「次起きた時に空きっ腹だとまた気持ち悪くなりそうだから、とりあえず何か食べよう。」と思って、前日に買っていたコンビニの野菜スープを食べました。)万が一もどしても大丈夫なように、ベッドの横にエチケット袋を準備した上で。

5時間くらい睡眠をとって目が覚めたら、まず左顔面の痛みを感知。その直後、起きようとした時に首の後ろへの激痛を覚えました。気持ち悪さもあって起き上がりたくなかったので、さらに2時間ほど寝て、起きた時に鏡を見に行ったところ、殴られたような痣(あざ)が左顔面の頬と目元にできていました。翌日、整形外科を受診。それから1週間くらいは安静にして過ごしてました。特に、小事件が起きた後の3日間くらいは何もできなかったですね。PCやスマホの画面を見るのも辛かったくらい。

こんな流れです。

ちなみに、この小事件から1ヶ月経った2019年2月末時点でも右首後ろの痛みがまだ若干残ってました。右側を振り向く度に痛みが走っていたし、毎朝起きる時に首に激痛を感じてました。痛みがまだ残っていたのは、絶対我慢できなくて自分の部屋とかで踊りの練習をやっちゃってて、そこで容赦なく首を動かしていたせい(安静とは)。それでも、身体を十分に動かすことはできなかったので、この時(小事件の後1ヶ月あまり)は思い切り踊れないのがほんとに辛かった。寝ている時に何度踊る夢を見たことか。

結局、合計3回整形外科に行って医師の助言を仰ぎ、湿布を出してもらって電気もあててもらって、助言(1. スマホ画面の見過ぎで(?)ストレートネックになっているので、スマホ等を見る体勢を長時間続けない。2. 寝るときは枕ではなく、バスタオルを丸めたものを首の下に敷く。首の前側を伸ばした体勢で寝る。3. 踊ってもいいけど、やる前にはちゃんとストレッチとか準備体操してから踊る。)を忠実に守って過ごした結果、徐々に良くなっていきまして、現在(2019年4月中旬)は首の痛みはもう無くなっています。大きな怪我に繋がらなかったのは不幸中の幸いでした。丈夫な身体で良かった。。。

 

参照文献一覧

※実際に卒論で用いた参照文献は、ここに書いてある他にもまだまだ色々あります。(念のため。)

<書籍>

・熊倉純子監修(2014)『アートプロジェクト 芸術と共創する社会―』水曜社.

・熊倉純子、長津結一郎(2015)「アートプロジェクトとは何か?―その歴史と地域との関係性」アートプロジェクト研究会編著『「日本型アートプロジェクトの歴史と現在1990→2012年」補遺』アーツカウンシル東京, p3-12.

Webページ>

・田中由紀子(2019)「アート・プロジェクト-現代美術用語辞典ver.2.0Artscape.(閲覧日2019125日, http://artscape.jp/artword/index.php/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88

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